16. 聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿ヴァレッタ市内を歩く。16世紀に聖ヨハネ騎士団によって建設されたヴァレッタという街は、観光客で溢れかえる時期を除けば、歩きやすいところである。まず、治安が良いこと。次に街の規模が小さいこと。シティ・ゲートから半島の先端にある聖エルモ城砦まで、1kmあまりにすぎない。さらに、ある種の都市計画によって建設されているだけに、道路が碁盤目状になっており、道を覚えやすいこともありがたい。 聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿リパブリック通りを歩いて、やってきたのが聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿(下の画像)。
入口に足を踏み入れると、まずは中庭。ひんやりとした中庭の空気が、陽射しを浴びて歩きまわり、熱くなっている身体に心地よいね。 しかし、入場料を支払う際にガッカリさせられた。2 階にある騎士団時代の部屋は、今は公開されていないというんだ。前回のマルタの旅の際には 2 階にある部屋も見ているんだけど、もう一度見たかったなあ。 騎士たちの武具仕方ない。ともかく、騎士団長宮殿の 1 階の展示室でも見てまわるか。そこには聖ヨハネ騎士団の時代の武具など(下の画像)を見ることが出来るんだ。
そこに展示されている数多くの武具の中でも、ひときわ眼をひくのが右下の画像の鎧なんだ。
1601年から1622年にかけて聖ヨハネ騎士団長を務めたアロフ・ド・ウィニャクールの鎧なんだそうな。イタリア・バロックの画家で殺人の罪によって逃亡していたカラヴァッジョをかくまったことで知られるウィニャクールは、極めて熱心に騎士団の海軍力の増強に努めたらしい。1617年には、オランダの首都アムステルダムにおいて大ガレオン船を建造させている。 彼は1607年には神聖ローマ帝国の公爵位を得ている。フランスの名家である彼の家系からは、1690年にも聖ヨハネ騎士団長が出ているらしいよ。 (余談ながら、聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿は、西暦1522年にオスマン・トルコが侵攻するまで本拠としていたロードス島にも残っている。また、エジプト遠征途上のナポレオンがマルタ島を奪って後、聖ヨハネ騎士団は本拠をローマ法王の足許のローマにおいているんだ。)
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