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聖ヨハネ騎士団の島 マルタ
ヴァレッタ、スリー・シティーズ、ラバト、イムディナ
2000年5月
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13. セングレアを歩く -2 (マルタ)
グランド・ハーバー
下の画像は、セングレア半島の先端にあるセーフ・ヘヴン公園から見たグランド・ハーバーの最奥。
アホな観光客
更に歩き続ける。この暑さの中を歩いているのは私ぐらいのものだ。
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(地元の人らは、「アホな観光客やなあ」て思てるで。)
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ホンマに暑い !! 湿度が低いから、日陰に入れば心地よい。でも、直射日光を浴びれば、汗が吹き出てくる。こんな気候の中で数ヶ月も聖ヨハネ騎士団の城砦に対する攻囲を続けたオスマン・トルコ兵に同情するよ。
セングリアの南岸での オスマン・トルコ軍と聖ヨハネ騎士団の攻防
右の画像はセングレアの南岸の様子。
1565年7月、トルコ軍が海からの攻撃を企てていると察知した聖ヨハネ騎士団の騎士団長ラ・ヴァレッテは、トルコ軍の海からの接近を阻止するために、セングリアの南の海中に杭を打たせた。
対するオスマン・トルコ軍は、杭打ち作業を阻止しようとする。しかし、泳ぎの達者なマルタ人によって、杭が打ち込まれ、セングレア南岸の守りが固められた。
7月15日、数え切れないほどの小船に乗ったオスマン・トルコ兵がセングレアを目指す。城壁近くの海中に打ち込まれた杭を避け、損失を被りながらもトルコ兵はセングレアの城壁に取り付いた。それを機に陸側でも攻撃が始まる。守備側では女や子供までも城壁の守りに参加した。
その攻撃は 5 時間も続いたが、ついに聖ヨハネ騎士団はオスマン・トルコの攻撃を防ぎきった。
マルタの少年
セングレアのベネディクト教皇広場でカメラを構える私の前に、一人の少年が立ちはだかり、マルタ語で私に何かを言っている。
どうも自分の写真を撮れと言っているらしい。その注文に応じて取った写真が右の画像なんだ。
そこまでは良い。ところが今度は、カメラを貸せという。自分で写真を撮りたいらしい。
さすがに、その注文には応じかねる。買って半年のデジカメだ。言葉がわからないふり(実際にわからないのだけれど)をしていると、諦めて去って行った。
勝利の聖母マリア教会
少年の姿が見えなくなるのを待って、広場に面して立つ勝利の聖母マリア教会の写真(下の画像)を撮る。
しかし、ヴァレッタにも勝利の聖母マリア教会があるし、ビルグにはヴィクトリー広場がある。そして、この千グレアにも勝利の聖母マリア教会だ。
いちいち資料を調べてはいないんだけど、どれもこれも西暦1565年のオスマン・トルコに対する聖ヨハネ騎士団の勝利にちなんだ名前なんだろうね。それほど、あの戦いにおける勝利は喜びに溢れたものだったということか。
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ヨーロッパ三昧とヨーロッパの歴史風景
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