12. セングレアを歩く -1 (マルタ)ドックヤード・クリークの奥に広がるコスピークワ(旧名バームラ)を歩き、セングレア(旧名リースラ)へと向かう。聖ミカエル城砦セングレアの陸側は、堅固な聖ミカエル城砦(下の画像)に守られていた。西暦1565年のオスマン・トルコのマルタ侵攻の後も、再び侵攻があると予想していた聖ヨハネ騎士団。彼らは要塞都市ヴァレッタの建設だけではなく、マルタ各地の要衝を要塞化していたんだ。
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騎士フアン・デ・ラ・ケルダ1565年8月20日、8,000名のトルコ軍部隊が聖ミカエル城砦を攻撃した。しかし、豪華な衣装をまとって部隊の先頭に立つトルコ軍の指揮官は、守備側の聖ヨハネ騎士団の狙撃兵の標的となり、銃撃を受けて戦死。その遺骸を運び去ろうとするトルコ兵の群れの中に、無謀にも一人の騎士が飛び込んでいった。彼の名は騎士フアン・デ・ラ・ケルダ。 聖エルモ城砦がトルコ軍の猛攻を受けていたとき、城砦防衛の不可能であることを主張し、将兵を聖エルモ城砦から収容すべきであると説いた人物だ。その時から彼は臆病者のそしりを受けていた。 敵の指揮官の遺骸に向かって一人で突進した彼を、イェニチェリ兵が切り刻む。無残な死を以って、騎士フアンは名誉を回復した。 聖フィリップ・ネリ教会
セングレアの通りを歩く。遠くに見えてきたのが、聖フィリップ・ネリ教会(右の画像)。それにしても暑い !! 午後になって暑さが一段と厳しくなってきた。さっき飲んだビールが汗となる。 通りには人の姿は無い。この暑い中を歩き回っているのは、よそ者だけだ。
セーフ・ヘヴン公園セングレアの半島の突端にあるのは、セーフ・ヘヴン公園。そこから見える聖アンジェロ城砦の様子が下の画像。
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