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聖ヨハネ騎士団の島 マルタ
ヴァレッタ、スリー・シティーズ、ラバト、イムディナ
2000年5月
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2000年5月19日(金曜日)
1. 聖ヨハネ大聖堂 -1
(ヴァレッタ、マルタ島)
久々の一人旅の目的地はマルタ。シシリア島の南、北アフリカの沖合いにある地中海の島だ。
この島には、数千年前の古代巨石遺跡をはじめとして、多くの興味深い場所がある。が、今回の旅のテーマは「聖ヨハネ騎士団」(あるいは、マルタ騎士団・ホスピタル騎士団)。塩野七生の「ロードス島攻防記」を読んで以来、私が興味を持ち続けたテーマ。
今回の旅では、1565年のオスマン・トルコの侵攻の際に聖ヨハネ騎士団が戦った場所を中心に見て回るつもりなんだ。
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マルタ到着
マルタの空港に着陸したのは、現地時間の3時。気温は23度。快適だね。
すぐにホテルに向かう。家内が同行していないこともあり、学生時代以来の安ホテル。そのホテルに到着したとたんにトラブルだ。まあ、たいしたトラブルでもないんだけど ... 。
ともかく部屋に落ち着き、荷物を置いた私は、身軽になってヴァレッタの街を歩き始める。
聖ヨハネ大聖堂
まずは聖ヨハネ大聖堂(下の画像)を見る。
言うまでも無く、聖ヨハネ騎士団の守護聖人である聖ヨハネに捧げられた聖堂だよね。
聖ヨハネ騎士団
長い歴史を持つ聖ヨハネ騎士団は、いくつかの名前を持つ。でも、設立して以来一貫しての名称は「聖ヨハネ騎士団」だったんだ。というわけで、ここでは「聖ヨハネ騎士団」と呼ぶことにしよう。
かつては聖地エルサレムに本拠地を持っていた聖ヨハネ騎士団(あるいはホスピタル騎士団)なんだけど、地中海東岸がイスラム教徒によって奪還された後、しばらくはキプロス島に本拠地を構えていた。
その後、聖ヨハネ騎士団はロードス島に本拠を移した。故にロードス騎士団とも呼ばれていた。しかし、そのロードス島は1522年にオスマン・トルコに奪われ、1530年からは神聖ローマ皇帝カール大帝(5世)に与えられたマルタ島を本拠地としたわけだ。よってマルタ騎士団とも呼ばれた。
そして、このヴァレッタの街を建設したのも彼らだ。(1565年のオスマン・トルコによるマルタ島侵攻「グレート・シージ」を苦戦の末に跳ね返した翌年の1566年に要塞都市ヴァレッタの街の建設が始められた。)
ちなみに、今日は5月19日。オスマン・トルコの前衛部隊がマルタの南東部にあるマルサシュロック湾に上陸を開始したのも5月19日だった。435年前のことだけども。
聖ヨハネ大聖堂内部
ヴァレッタの聖ヨハネ大聖堂の外装は必ずしも豪華とは言えない。でも、一歩足を中に踏み入れると、見事な内装(下の画像)に驚かされるんだ。一時は莫大な富を握っていた聖ヨハネ騎士団が、その財力を使って築いたということなんだろうね。
そんな財力を誇った聖ヨハネ騎士団も、いつしか戦う心を失っていった。そして、エジプト遠征に向かう途中のナポレオンに対して、抵抗もせずにマルタ島を明け渡してしまったんだ。マルタ島から立ち去ってしまった聖ヨハネ騎士団の騎士たち。彼らのシンボルである八角十字が、上の画像の左に写っている柱に見えているのがわかるかな。
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