マルタ・ゴゾ入門

地中海の十字路 マルタ島・ゴゾ島の旅行記
(1998年12月)

マルタ島 1998年12月27日

08. マルタの首都 ヴァレッタへ

今日もマルタは曇り

マルタへ来て 4日目の朝。

(観光を始めて 2日目やけどな。)

やっぱり今日も曇り(下の画像は曇り空の夜明け)。到着以来、青空を見ていない。事前に調べた結果、冬のマルタの天気はもう一つだと知ってはいたんだけどね。

今日も曇り

それでもくじけずに、観光に出かける。今日も昨日と同じ運転手の車だ。

マルタの首都ヴァレッタへ

今日の最初の目的地はマルタの首都ヴァレッタ(聖ヨハネ騎士団によって建設された)。マルタ共和国の首都ではあるが、その人口は 9千人しかいないらしいよ。(私の生まれた町よりも小さい !!)

ヴァレッタの入口にあるバス・ターミナルの横から、ヴァレッタのシティ・ゲートに向かう。そのシティ・ゲートの横には壕(下の画像)がある。その壕のとんでもない深さに、まずは驚かされた。

聖ヨハネ騎士団によって築かれた丸太の首都ヴァレッタの壕 聖ヨハネ騎士団によって築かれた丸太の首都ヴァレッタの壕 聖ヨハネ騎士団によって築かれた丸太の首都ヴァレッタの壕 聖ヨハネ騎士団によって築かれた丸太の首都ヴァレッタの壕

オスマン・トルコの侵攻と聖ヨハネ騎士団

現在のマルタの首都ヴァレッタを築いたのは聖ヨハネ騎士団だった。その建設が始まったのは、西暦1566年。オスマン・トルコが大軍をもって聖ヨハネ騎士団の本拠地マルタ島に侵攻(グレート・シージ)の翌年のことだった。

数ヶ月に及ぶ死闘の末にオスマン・トルコ軍を撤退させ、マルタ島を守り抜いた聖ヨハネ騎士団。でも、オスマン・トルコ軍は再びマルタ島に攻めてくると信じていた騎士団長ヴァレッテは、要塞都市ヴァレッタを建設し、マルタ島の防備を固めた。上の画像にある壕の深さは、何としてもマルタを守り抜こうという聖ヨハネ騎士団の決意を示しているんだろうね。

もう一つのマルタ旅行記
「聖ヨハネ騎士団の島 マルタ」

上に書いたようなマルタ島と聖ヨハネ騎士団の歴史について知ったのは、マルタで買った本を読んでからだった。それから私はオスマン・トルコによるマルタ侵攻について興味を持ったわけだ。

そして西暦2000年5月に再びマルタへやってきた。病み上がりだった家内をロンドンに残し一人でやってきた私は、思う存分に歩き周り、聖ヨハネ騎士団ゆかりの場所を見てきたんだ。その成果が、もう一つのマルタ旅行記「聖ヨハネ騎士団の島 マルタ」になったというわけだ。



ヨーロッパ三昧とヨーロッパの歴史風景

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