枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼと バロックの旗手ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ
元々ボルゲーゼ家はトスカナ地方の街シエナに勢力を持つ名家だったみたい。ところが、16世紀半ばにフィレンツェがシエナを征服したこともあり、既に一族の出身者が教皇庁に地位を得ていたこともあって、16世紀後半に一族を挙げてローマへ移り住んだんだ。
西暦1605年、ボルゲーゼ家のカミッロ・ボルゲーゼが、ローマ法王パウルス5世として即位した。
彼は翌年の西暦1606年には26歳になる甥のシピオーネ・ボルゲーゼを枢機卿の地位につけたんだ。(右の画像はベルニーニ作「枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼの肖像」。)
他方、ナポリに生まれたジャン・ロレンツォ・ベルニーニは、彼と同じく彫刻家だった父ピエトロ・ベルニーニに連れられて、西暦1605年(当時ベルニーニ 7歳)にローマへ移り住んでいた。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは、彫刻家だった父ピエトロの指導を受けて、同じく彫刻家の道を歩み始めた。そんな若手彫刻家に制作を依頼したのが、枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼだった。
枢機卿の依頼を受けて、次々と彫刻を制作した若き日のベルニーニ。その作品の中には、初期のベルニーニの傑作の一つ「アポロとダフネ」も含まれている。
右の画像は、西暦1623年頃に描かれたベルニーニの自画像。「アポロとダフネ」の制作開始が西暦1622年頃で1625年には完成していたから、ちょうどその作品を制作していた頃のベルニーニだね。
やがてベルニーニはローマの美術界に名声を得て、イタリア・バロックの旗手となっていくんだけども、枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼは芸術家としてのベルニーニの育ての親の一人だったんだね。
ボルゲーゼ美術館の基礎を築いた枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼとバロックの旗手ベルニーニとの間にそんな関係があったということで、ボルゲーゼ美術館ではいくつものベルニーニの作品を見ることが出来るんだ。もちろん、傑作「アポロとダフネ」もある。
更に、同じくイタリア・バロックの旗手だったカラヴァッジョの作品もあるんだ。それらの作品を次のページから御紹介するかな。
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