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カンパーニャ と ローマ・ヴァティカン (イタリア)
第四部 ローマ・ヴァティカン編
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D48. セヴェルスの凱旋門、パラティーノの丘
(フォロ・ロマーノを歩く -5.)
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サトゥルノの神殿
フォロ・ロマーノの中でもカピトリーノの丘に近い一角に、8本の円柱が立っている。それがサトゥルノの神殿の跡なんだ。
紀元前42年に建て直されたサトゥルノの神殿(下の画像)は、古代ローマでも最も神聖な場所だった。古代ローマの財宝も、ここに収められていたんだそうな。このサトゥルノの神殿の別名をアエラリウムというけれども、その言葉は国家の宝物庫を意味しているらしい。
セヴェルスの凱旋門
サトゥルノの神殿のすぐ近くにあるのがセヴェルスの凱旋門。セヴェルス(セプティミウス・セウェルス)は、初の北アフリカ出身の古代ローマ帝国皇帝だった。西暦203年、彼の功績を称えるために建てられたのが、下の画像にあるセヴェルスの凱旋門なんだ。
余談ながら、このセプティミウス・セウェルス帝は西暦211年に遠征先のヨーク(イギリス)で亡くなった。その後、古代ローマ帝国皇帝の位を継承したのが、カラカラ浴場で有名な息子のカラカラ帝なんだ。
古代の高級住宅地パラティーノの丘
フォロ・ロマーノの聖なる道を東へと歩く。途中で撮影したのが下の画像なんだけど、遺跡の向こう側に写っているのがパラティーノの丘。古代ローマ時代に貴族や有力者たちの邸宅の並ぶ高級住宅地だったらしいよ。
古代ローマの発展とエトルリア人の王
古代のティベレ川のほとりにできたラテン人の集落は、やがてパラティーノの丘などの七つの丘を中心にまとまりはじめた。紀元前616年、古代ローマがエトルリア人を王に迎えた。
当時のエトルリア人は優れた建築技術を持っており、その技術を吸収した古代ローマはパラティーノの丘などの下の湿地にクロアーカ・マクシマと呼ばれる排水設備を作った。そのおかげでマラリアなどが蔓延していた湿地帯を灌漑することが出来、そこにフォロ・ロマーノが発展したんだ。
そして紀元前510年頃、エトルリア人の王による支配を脱した古代ローマは、イタリア、更に地中海を制覇する道を進み始めるわけだ。
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