ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂
そんなヴェネツィア宮殿の前にあるのがヴェネツィア広場。その広場を見下ろしているのが、下の画像にあるヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂。西暦1885年に着工され、西暦1911年に完成した建物なんだ。
このヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂なんだけど、ローマのちょっと背の高い建物に登れば、遠くからでも見えるんだ。例えば、ヴェネト通り近くのレストランからも見えたし、ローマ近郊の高台にあるレストランからも見えたよ。
近代イタリア王国初代国王 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世
ところで、こんなに立派な記念堂を建ててもらっちゃったヴィットリオ・エマヌエーレ2世って誰 ?? 何者 ??
西暦476年に西ローマ帝国が崩壊して後、イタリアは多くの国に分裂していたんだ。その結果、イタリアはフランスに屈服させられたり、ハプスブルク家に支配されたり、ナポレオンに蹂躙されたりしたわけだ。
そんな分裂したイタリアに、近代的なイタリア王国が成立したのが西暦1861年のこと。その初代国王がヴィットリオ・エマヌエーレ2世だったんだ。実際に新しいイタリアを築いたのは、ガリバルディだったり、カヴールだったりしたのかもしれないんだけどね。
関連書籍
参考になる・・・かもしれない本を探してみました。(本の題名をクリックすれば詳細が表示されます。)
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フォロ・ロマーノへの道
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(ヴェネツィア宮殿やヴィットリオ・エマヌエーレ2世についてはわかった。ほやけどな、フォロ・ロマーノへ行くんちごたん ?? なんでヴェネツィア広場やねん ?!?! )
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大変に素晴らしい質問だね。文章の展開にも大いに役に立つねえ。で、その答えが下の画像なんだ。
上の画像を良く見て欲しいんだ。松並木の真ん中、はるか彼方に何かが見えるでしょ。あれが古代ローマ帝国の代表的な建築物コロッセオ(円形闘技場)なんだ。
フォーリ・インペリアーリ通り
上の画像に写っているのは、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂の横から眺めたフォーリ・インペリアーリ通り。「フォーリ・インペリアーリ」という言葉の意味は、「皇帝たちのフォロ(公共広場)」なんだそうな。
このフォーリ・インペリアーリには、カエサル(シーザー)のフォロ、アウグストゥス(オクタヴィアヌス)のフォロ、トラヤヌスのフォロなど、古代ローマ帝国の英雄・皇帝たちが築いたフォロ(公共広場)が広がっている。その中心を貫くのがフォーリ・インペリアーリ通り。つまり、ここから古代ローマ帝国の夢の跡、フォロ・ロマーノを歩こうというわけさ。
ちなみに、西暦1580年のことなんだけど、「エセー(随想録)」を著したフランスのモンテーニュがローマを旅行している。古典を研究していたモンテーニュのことだから、古代ローマの遺跡を見るために、このフォーリ・インペリアーリ通りを歩いたことだろうな。
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