サン・ピエトロ大聖堂の入口は右側に
そんなスイス衛兵を横目に見ながら(ウソ !! デジカメを向けながら)サン・ピエトロ大聖堂に入ろうとすると、係りの男に制止された。
私たちが入ろうとしたのは出口なんだそうな。サン・ピエトロ大聖堂の入口は、広場から大聖堂を見て右手にあるんだって。それならそうと早く言えよ !!
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(たぶん何処かに矢印でもあっただろうけど、キョロキョロして見落としたんちゃうんかなあ.....。)
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ヴァティカン宮殿のブロンズの大扉
サン・ピエトロ広場を回って、今度は右手からサン・ピエトロ大聖堂に向かう。その途中で見かけたのが右の画像にあるヴァティカン宮殿の大扉なんだ。
この17世紀に作られたブロンズの大扉は、バロックの巨匠ベルニーニによってここに設置されたんだって。その奥にあるのは、「コンスタンティヌス帝の通路」。私たちは入ることが出来ないけどね。
西暦1506年創設のスイス衛兵隊
サン・ピエトロ大聖堂の入口はすぐそこなんだけど、ついでだからスイス衛兵隊の話を続けちゃおう。このスイス傭兵による衛兵隊を西暦1506年に創設したのは、現在のサン・ピエトロ大聖堂の建設を命じた教皇ユリウス5世だった。
但し、左の画像にあるスイス衛兵の制服を定めたのは、メディチ家出身の法王レオ10世かクレメンス7世なんだろうね。というのも、制服の色である青・黄・赤は、メディチ家の色だというからね。
スイス衛兵の記念日 5月6日
そのメディチ家出身の教皇クレメンス7世の時代、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世の軍がローマを劫略したことがあった。教皇クレメンス7世が通路を通ってサン・タンジェロ城砦へと逃げる間、スイス衛兵たちは皇帝の軍を食い止めて戦い、ついに全滅してしまった。
それが西暦1527年5月6日なんだけど、スイス衛兵隊では今でも5月6日を記念日として式典を行っているんだそうな。しかも、新兵の入隊式も、その5月6日に行われる。毎年、30-40人の新兵がスイスからやって来て、ヴァティカンで法王の警護に参加するらしい。
ちなみに、スイス衛兵の給料は月に約18万円ほど。スイスの平均的な所得と比較すれば、むしろ安いといえるんだけど、それでも名誉を求める若者たちがヴァティカンのスイス衛兵隊に加わるんだそうな。
関連書籍
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