バロック美術の巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニと サン・ピエトロ広場と列柱廊
もう一度上の画像を見てくれるかな。中央にあるサン・ピエトロ大聖堂の左右に列柱廊が見えるよね。実はこの列柱廊にも、このサン・ピエトロ広場を設計したイタリア・バロックの巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの工夫があるんだ。
サン・ピエトロ大聖堂には鐘塔が無い。鐘塔を建てる計画はあったんだけど、最終的に放棄されてしまったんだ。その結果、ローマ・カトリックの総本山でありながら、サン・ピエトロ大聖堂の正面は貧弱なものになってしまった。
ベルニーニは、大聖堂の左右に列柱廊を作り、しかもその高さを低くすることで大聖堂をより大きく見せることに成功したんだって。そのベルニーニの列柱廊の様子が下の画像なんだ。
ちなみに、上の画像の中で列柱廊の背後に見えるのは、ローマ教皇の住む教皇宮殿。カトリックの中心ヴァティカンは長年にわたってローマ教皇の拠点だからね。(但し、西暦1309年からしばらくは教皇のアヴィニョン捕囚によって、教皇庁が南仏のアヴィニョンに移されていたけど。)
11年もかかったサン・ピエトロ広場の建設工事
ローマ教皇アレクサンデル7世がサン・ピエトロ大聖堂前の広場を拡張し整備するとの布告を出したのは、西暦1656年のことだった。その為のプランの作成を命じられたのが、バロック美術の巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニだった。
たかが広場ひとつとバカにしちゃいけない。その工事は11年かかり、完成したのは西暦1667年のことだった。
どうしてそんなに時間がかかったかといえば、まずは広場の大きさかな。楕円形の広場の長径は240メートルもある。
しかも、広場を包み込む幅17メートルの列柱廊(右の画像)には、高さ13メートルの円柱が240本と角柱が44本。更に列柱廊の上には聖人たちの像が140体も置かれているんだからね。
30万人収容のサン・ピエトロ広場
ローマ・カトリックの総本山であるサン・ピエトロ大聖堂。その前の広場の建設に際してベルニーニに与えられたもう一つの課題は、なるべく多くの人々が集まることが出来る広場にするということだった。
その課題に応えたベルニーニの設計により、サン・ピエトロ広場は30万人を収容できる...と資料には書いてある。私たちがローマに到着して直後の2002年6月16日、パードレ・ピオの列聖が行われたんだけど、その式典のためにサン・ピエトロ広場に集まった膨大な数の人々を見れば、ベルニーニの設計は成功したといえるのかもしれないね。(今日のサン・ピエトロ広場は比較的に静かだけど。)
サン・ピエトロ広場のオベリスク
余談ながら、上の画像にも写っているオベリスクは、紀元前37年にエジプトから運ばれたものなんだそうな。その後、このオベリスクは、現在のヴァティカンにあったカリギュラ帝の戦車競技場に建てられていた。
そして西暦1586年、当時のローマ教皇シクストゥス5世の命により、サン・ピエトロ大聖堂の前に移された。その移動のために900人の労働者と140頭の馬が使われたらしいよ。
また、オベリスクの上に十字架が見えるけど、そこにはイエス・キリストが処刑された十字架の一部が聖遺物として収められているんだそうな。
ベルニーニ 「母のように両腕を広げて...」
サン・タンジェロ橋を渡り、コンチリアツォーネ通りを歩いてサン・ピエトロ広場に来れば、ベルニーニの列柱廊が両側から包み込んでくれる。そんなサン・ピエトロ広場と列柱廊について、ベルニーニ自身が残した言葉があるんだ。
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サン・ピエトロ広場と列柱廊に関する 設計者ベルニーニの言葉
サン・ピエトロ大聖堂は、全ての教会の母である。カトリック教徒の信仰を固める為に、異端の人々を教会に復帰させる為に、異教の人々を真の信仰に目覚めさせる為に、母のように両腕を広げて受け入れることを表現した柱廊が適している。
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絶賛されたサン・ピエトロ広場とローマの衰退
ベルニーニによるサン・ピエトロ広場は、人々によって絶賛されたんだそうな。しかし、実は広場は完成してはいないんだ。ベルニーニは、サン・ピエトロ広場の入口に、もう一つ列柱廊を作るつもりだった。サン・タンジェロ橋を渡ってやってきた巡礼たちの目に、サン・ピエトロ大聖堂がドラマティックに姿を表すことを目論んでいたんだ。
しかし、アレクサンデル7世の死後に教皇に即位したインノケンティウス11世は、ベルニーニによるもう一つの列柱廊の建設計画を放棄させてしまった。その背景には、数々の建設工事による教皇庁の財政悪化があった。加えて、ペストの流行などにより、当時のローマの人口の激減もあったらしい。
関連書籍
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