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カンパーニャ と ローマ・ヴァティカン (イタリア)
第二部 パエストゥム・サレルノ編
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B17. 地下のクリプトの天井に描かれたキリスト
(サレルノのドゥオモ -5.)
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地下のクリプトの天井画
聖マタイの遺骸が眠るサレルノのドゥオモの地下のクリプトで、天井(右の画像)に描かれたキリストの生涯を見つけたんだ。
首が痛くなったけど、一つ一つ眺めては、デジカメで撮影したから、その一部を下に載せておくね。
ちなみに、下に紹介するクリプトの天井画は、西暦1611年にベリサリオ・コレンツォなる画家が描きあげたものなんだそうな。(恥ずかしながら、その画家の名前は聞いたことが無いけどね。)
受胎告知と東方三博士の礼拝
まず下左の画像は、天使が聖母マリアに受胎を知らせている「受胎告知」。「受胎告知」といえば、フィレンツェのサン・マルコ美術館にあるフラ・アンジェリコの「受胎告知」が有名だよね。そして右下の画像は「東方三博士の礼拝」。
エジプトへの脱出と聖ヨハネによるキリストの洗礼
下左の画像は、エジプトへの脱出。ちょっと「西遊記」の沙悟浄と三蔵法師に見えなくもない...と書くと、キリスト教徒の皆さんに叱られちゃうかな。そして、下右の画像は聖ヨハネによるキリストの洗礼。「聖ヨハネによるキリストの洗礼」といえばラヴェンナのアリアーニ洗礼堂にあるモザイク画が有名だね。
その後のサレルノのドゥオモ(サレルノ大聖堂)
11世紀にローマ教皇グレゴリウス7世、サレルノ公ロベール・ギスカール、サレルノ大司教アルファノ1世の三人の力で建立されたサレルノのドゥオモ(サレルノ大聖堂)なんだけど、その後の歴史は平穏とは言い難いんだ。
西暦1184年にイタリア南部を支配していたノルマン朝の相続人コスタンツァが、ミラノにおいて神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世と結婚した。そこからイタリア南部に波乱が起こる。
西暦1194年に神聖ローマ皇帝は妻の領地であるイタリア南部に兵を進めた。ところが彼の支配を嫌うサレルノは、城門を閉ざして抵抗したんだ。
そして同年9月17日、神聖ローマ帝国軍がサレルノを攻略し、ドゥオモ(あるいは大聖堂)を中心とするサレルノ市内は兵士たちによって劫略されてしまった。荒れ果てたドゥオモが修復されたのは、13世紀のことだった。
それから数百年後、既に老朽化していたドゥオモを新たな災難が襲った。それが西暦1688年6月5日にサレルノを襲った大地震。サレルノのドゥオモ(大聖堂)の修復には何年もの歳月がかかったらしい。
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