38. マンジャの塔とプブリコ宮殿(シエナ)カンポ広場を見下ろすマンジャの塔
前のページのカンポ広場の画像の中に長い影が写っていたよね。その影の主が、右の画像にあるマンジャの塔。高さ 102mのこの塔に登れば、ユネスコの世界遺産にも指定されているシエナの歴史地区を一望することが出来るんだ。 但し、資料によれば、塔の最上階に行くためには長い階段を登ることになるらしい。この私にそんな難行苦行が耐えられるはずも無い。 というわけで、ここに塔からの眺めを載せることは絶対に不可能だねえ。 塔の上からの眺めに興味のある方、申し訳ないんだけど、御自分の足で登っていただくしか ・・・ 。 カンポ広場に面して立つプブリコ宮殿
マンジャの塔の足許には、カンポ広場を見渡すプブリコ宮殿(上の画像)がある。シエナのカンポ広場にあるプブリコ宮殿は、1284年から1305年にかけて建設されたゴシック式の宮殿なんだ。 宮殿の中に設けられた市立博物館では、カンポ広場を飾るフォンテ・ガイアのオリジナルを見ることが出来る ・・・ と資料には書いてある。 が、市立博物館の何処を捜しても喜びの噴水は見当たらない。博物館のパンフレットにも載っていない。係員に尋ねてみたが、知らないとのこと。フォンテ・ガイアのオリジナルは、いったい何処へ行ったんだろうねえ ?? シエナとトスカナの風景謎は解けないまま、市立博物館の中を見て周る。展示されているのは、シエナ派の絵画などなど。でも、私が一番気に入ったのは、博物館の裏側(つまり、カンポ広場の反対側)にあるテラスの風景。シエナの街並みとトスカナの眺め(下の画像)が最高だったんだ。
フィレンツェやシエナがトスカナ地方の覇権をめぐって争っていた時代、このトスカナの土地を多くの武将や兵士たちが走り回っていたのかな。例えばフィレンツェの傭兵隊長として有名なイギリス出身のジョン・ホークウッドとか。メディチ家弟脈出身のフィレンツェ大公コシモ1世の父親で、やはり傭兵隊長として著名な黒備えのジョヴァンニとか。 しかし西暦1555年、ついにフィレンツェがシエナを征服し、トスカナの覇権はフィレンツェの手に落ちたわけだ。
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