1999年6月21日(月曜日) 21. サン・マリノ共和国へいよいよ旅の三日目。今日はアドリア海を見下ろす山の上にある小さな独立国サン・マリノ共和国に遊びに行くことになっているんだ。でも、心配なのは列車の運行状況。昨日の夕方はピアチェンツァでの列車事故のおかげで、ラヴェンナからの帰りに大混乱だったからね。今日はもう大丈夫なんだろうか ??サン・マリノ共和国
今日の目的地サン・マリノ共和国は、イタリアのエミリア・ロマーニャ州とマルケ州との間にはさまれた小さな国。アドリア海を見下ろす標高750mのチタン山の上にある国なんだ。但し、海辺の街リミニからは 22km離れており、アドリア海に面しているわけじゃないらしい。 独立国ではあっても、サン・マリノの人口は約 25,000人。南フランスとイタリアに挟まれたモナコ大公国と同じく、小さな小さな独立国なんだ。 サン・マリノの人々はイタリア語を話し、カトリックを信仰している。独自の通貨サンマリノ・リラを持ってはいるんだけど、その価値はイタリア・リラと同じ。つまり、経済的・社会的にはイタリアの一部ということも出来るみたい。 でも、そんな豆粒ほどに小さなサン・マリノではあるけど、長い歴史を誇る独立国なんだ。歴史とか国家って何なんだろうか、と考えさせられる小さな国だね。 |
やはり事故の影響昨日と同じく、ホテルの目の前にあるボローニャ駅から出発。駅の電光掲示板で確かめたところ、私たちが乗る予定の列車は予定通りに運行されるみたい。でも、予定の列車がやってきた時には、定刻から 20分が過ぎていた。先が思いやられるね。でも、ともかく 9時25分にボローニャ駅を出発。 列車の中はかなり混雑している。私たちはファースト・クラスのチケットを持っているんだけど、座席を見つけることが出来ず、通路に立ちっぱなしとなってしまった。 フォルリ と カテリーナ・スフォルツァボローニャを出て30分ほどで、列車はフォルリの駅に停車。昨日、ラヴェンナへ向かう途中で通過したイーモラと同じく、かつてカテリーナ・スフォルツァ(黒備えのジョヴァンニの母であり、トスカナ大公コシモ1世の祖母)が支配していた街。でも、この街も法王アレクサンドル6世の庶子チェーザレ・ボルジアによって奪われている。チェーザレがフランス王ルイ12世から貸し与えられた兵 1万5千を率いてフォルリの街に入城したのが1499年12月19日のこと。 カテリーナ・スフォルツァはラヴァルディーノの要塞にたてこもって抵抗したんだけど力及ばず、やがて要塞は陥落した。1500年1月12日のことだった。 カテリーナ・スフォルツァは囚われ、ヴァティカンにあるサンタンジェロ城に幽閉されている。
リミニ駅
ボローニャ駅を列車で出発してから1時間あまり。10時25分にリミニ駅(右の画像)に到着。田舎にしては、ちょっとした駅だね。というのも、リミニは海辺のリゾート地。夏には大勢の人々がやってくるんだそうな。でも、私たちの今回の旅では、海辺を歩く時間が無いんだ。リミニ駅前でタクシーに乗り込み、チタン山の上にあるサン・マリノ共和国に向かう。
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