ローマとポンペイ(イタリア)

(1997年03月)

03. ラオコーンとシスティナ礼拝堂(ローマ)

ヴァティカンにあるピオ・クレメンティーノ美術館

続いては、ヴァティカン美術館・博物館の北の端へ向かう。そこにあるのが、ピオ・クレメンティーノ美術館。古代ギリシャや古代ローマのコレクションとして有名。

ひょっとするとルネサンス期の教皇ピオ3世とかメディチ家出身の教皇クレメンス7世あたりと関係のあるものかと調べてみたんだ。

その結果は、クレメンス14世(1769-1774年)とピオ6世(1775-1799年)。この二人がヴァティカン美術館・博物館(あるいは図書館)にピオ・クレメンティーノ美術館を増設したんだそうな。

余談になっちゃうんだけど、このピオ6世の在位期間が大変だったみたい。世俗はまさしく革命の時代。そんな時代にカトリックの首座にあった教皇も翻弄されたんだねえ。

教皇 ピオ6世 (教皇在位 1775-1799年)

  • 1775年、回勅「インスクルタビレ・ディヴィネ・サピエンティエ」の中で啓蒙主義や近代的な動きを批判。

  • 1789年、フランス革命が勃発。

  • 1790年にフランスで成立した聖職者民事基本法を批判。革命フランスと教皇庁との外交関係が断絶した。

  • 1791年、フランスにおいて聖職者民事基本法に従うことを拒否した聖職者が迫害された。(ラヴェンダーが美しいプロヴァンスのセナンク修道院は、この頃に国有化されて売却された。)

    事態の進展を憂いた教皇ピオ6世は、フランスに十字軍を派遣することも検討したと言われる。

  • ナポレオンは 1796年にイタリアに侵入してオーストリア軍を撃破。1797年に屈伏させたヴェネツィアとの交換によりロンバルディアを手中にしたナポレオンは、北イタリアにチサルピーナ共和国を建てた。

  • 1798年、ナポレオンがローマを占領し、ローマ共和国を建てた。囚われた教皇ピオ6世は廃位され、シエナフィレンツェを経て、ナポレオンの足許フランスに連れ去られた。

  • 1799年、囚われの教皇ピオ6世死去。






ピオ・クレメンティーノ美術館

旅行記「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」の「第四部 ローマ・ヴァティカン編」にあるピオ・クレメンティーノ美術館のページも参考にしてくださいね。

トロイ戦争ゆかりの古代彫刻 ラオコーン

ヴァティカン美術館・博物館に見る古代彫刻「ラオコーン」(ローマ、イタリア) 革命と教皇庁の歴史も興味深いけれども、まずはピオ・クレメンティーノ美術館の所蔵する古代の彫刻を見なきゃね。その代表が、右にある「ラオコーン」(あるいは「ラオコーン群像」。)

1506年に帝政ローマの暴君ネロの宮殿の跡地で発掘された古代ローマの彫刻。これを見たミケランジェロが絶賛したんだそうな。

ラオコーンとトロイの木馬

古代ギリシアの英雄達がトロイの街を攻めあぐねていた時の話。どうしてもトロイの城壁を破ることが出来なかったギリシア軍は、巨大な木馬の策略を実行に移した。

内部に兵士を隠した巨大な木馬をトロイの城壁の置いたまま、軍船に乗って去って行ったギリシア軍。10年も戦いを続けていたトロイの人々は、大喜びで戦利品の木馬を城内に運び込んだ。

しかし、トロイの人々の中には、ギリシア軍の策略を見破った者がいた。それがアポロン神殿の神官ラオコーンだった。ラオコーンは木馬を城内に運び込むことに反対したんだそうな。

その時、海の中から二匹の大蛇が姿を現し、ラオコーンと二人の息子たちを絞め殺してしまった。上の画像にある彫像は、苦しむラオコーンと息子達を表現している。ちなみに、彼らを絞め殺した大蛇は、ギリシアの側に立つアテネ女神の使いだった。

その夜、トロイの城内に運び込まれた巨大な木馬の中から飛び出した英雄オデッセウスとギリシアの兵士達は、勝利を祝うトロイの人々に襲いかかり、長く続いた戦いはギリシア軍の勝利に終わった。

ラオコーンと古代彫刻の傑作

旅行記「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」の「第四部 ローマ・ヴァティカン編」にあるラオコーンと古代彫刻の傑作のページには、ラオコーンを含むヴァティカン美術館・博物館自慢の古代彫刻の傑作が登場します。

システィーナ礼拝堂とミケランジェロ

ヴァティカン美術館・博物館の中にあるシスティーナ礼拝堂への回廊(ローマ、イタリア) 続いては、ヴァティカン美術館・博物館の南の端にあるシスティーナ礼拝堂へ向かう。その通路(右の画像)が華麗でまぶしいほど。

システィナ礼拝堂といえば、名高いのはミケランジェロの名作の数々。「天地創造」などの天井画や祭壇画「最後の審判」などなど。

資料によれば、今でこそ名作とされるミケランジェロの「最後の審判」なんだけど、完成当時は厳しい批判を受けて、取り壊されそうになっていたらしいんだ。

イエス・キリストが筋骨隆々、聖母マリアは若くて美人なんてことが議論を巻き起こしたんだそうな。しかし、当時の最大の問題点は、露出過多。つまり、登場人物の多くが全裸に近いことが問題だったんだねえ。

というわけで、宗教会議の結果、書き加えられた腰布の数が40枚。ただし、1990年代に行われた修復の際に、17の腰布が洗い落とされた。だけど、まだ23もの余計な腰布が残ってることになるな。

というわけで、色々と論語を巻き起こしたミケランジェロなんだけど、下の画像は彼がシスティーナ礼拝堂の天井に描いた絵の数々。(撮影禁止なもんで絵はがきの画像です。)

ヴァティカン美術館・博物館の中にあるシスティナ礼拝堂の天井画(ローマ、イタリア) ヴァティカン美術館・博物館の中にあるシスティナ礼拝堂の天井画(ローマ、イタリア) ヴァティカン美術館・博物館の中にあるシスティナ礼拝堂の天井画(ローマ、イタリア) ヴァティカン美術館・博物館の中にあるシスティナ礼拝堂の天井画(ローマ、イタリア)

関連書籍

参考になる・・・かもしれない本を探してみました。(本の題名をクリックすれば詳細が表示されます。)

システィーナ礼拝堂

旅行記「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」の「第四部 ローマ・ヴァティカン編」では、システィーナ礼拝堂についても詳しく御紹介しています。

サン・ピエトロ大聖堂は明日に

当初の計画では、ヴァティカン美術館・博物館の後にサン・ピエトロ大聖堂を見に行くことになっていたんだ。ところが、ちょうど今、教皇ヨハネ・パウロ2世がミサを行っているんだそうな。

ヴァティカン・・・というよりは世界のカトリックの中心サン・ピエトロ大聖堂を見るのは明日に延ばして、ホテルに向かう。到着した時点で部屋割りが終わっていた。なかなか手際が良いぞ。すぐにベッドに入って、しばしの睡眠。昨日は朝まで会社で仕事をしていたから、寝不足なんだ。

カンツォーネを聞きながらディナー

午後7時に目覚ましに起こされた。慌ててシャワーを浴び、身支度をすませて、ロビーに集合は8時。今夜はカンツォーネを聞きながらのディナーなんだ。大きな店なんだけど、店内は各国のツアー客で満席になっていたよ。(だから、下の画像にも観客の頭がたくさん写っている・・・。)

イタリアの首都ローマにあるカンツォーネ・レストラン

料理はまずまずというところ。しかし、明るく陽気なショーは楽しませてくれた。言葉はちっともわからないのにねえ。

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