03. ラオコーンとシスティナ礼拝堂(ローマ)ヴァティカンにあるピオ・クレメンティーノ美術館続いては、ヴァティカン美術館・博物館の北の端へ向かう。そこにあるのが、ピオ・クレメンティーノ美術館。古代ギリシャや古代ローマのコレクションとして有名。ひょっとするとルネサンス期の教皇ピオ3世とかメディチ家出身の教皇クレメンス7世あたりと関係のあるものかと調べてみたんだ。 その結果は、クレメンス14世(1769-1774年)とピオ6世(1775-1799年)。この二人がヴァティカン美術館・博物館(あるいは図書館)にピオ・クレメンティーノ美術館を増設したんだそうな。 余談になっちゃうんだけど、このピオ6世の在位期間が大変だったみたい。世俗はまさしく革命の時代。そんな時代にカトリックの首座にあった教皇も翻弄されたんだねえ。
トロイ戦争ゆかりの古代彫刻 ラオコーン
革命と教皇庁の歴史も興味深いけれども、まずはピオ・クレメンティーノ美術館の所蔵する古代の彫刻を見なきゃね。その代表が、右にある「ラオコーン」(あるいは「ラオコーン群像」。)1506年に帝政ローマの暴君ネロの宮殿の跡地で発掘された古代ローマの彫刻。これを見たミケランジェロが絶賛したんだそうな。
システィーナ礼拝堂とミケランジェロ
続いては、ヴァティカン美術館・博物館の南の端にあるシスティーナ礼拝堂へ向かう。その通路(右の画像)が華麗でまぶしいほど。システィナ礼拝堂といえば、名高いのはミケランジェロの名作の数々。「天地創造」などの天井画や祭壇画「最後の審判」などなど。 資料によれば、今でこそ名作とされるミケランジェロの「最後の審判」なんだけど、完成当時は厳しい批判を受けて、取り壊されそうになっていたらしいんだ。 イエス・キリストが筋骨隆々、聖母マリアは若くて美人なんてことが議論を巻き起こしたんだそうな。しかし、当時の最大の問題点は、露出過多。つまり、登場人物の多くが全裸に近いことが問題だったんだねえ。 というわけで、宗教会議の結果、書き加えられた腰布の数が40枚。ただし、1990年代に行われた修復の際に、17の腰布が洗い落とされた。だけど、まだ23もの余計な腰布が残ってることになるな。 というわけで、色々と論語を巻き起こしたミケランジェロなんだけど、下の画像は彼がシスティーナ礼拝堂の天井に描いた絵の数々。(撮影禁止なもんで絵はがきの画像です。)
サン・ピエトロ大聖堂は明日に当初の計画では、ヴァティカン美術館・博物館の後にサン・ピエトロ大聖堂を見に行くことになっていたんだ。ところが、ちょうど今、教皇ヨハネ・パウロ2世がミサを行っているんだそうな。ヴァティカン・・・というよりは世界のカトリックの中心サン・ピエトロ大聖堂を見るのは明日に延ばして、ホテルに向かう。到着した時点で部屋割りが終わっていた。なかなか手際が良いぞ。すぐにベッドに入って、しばしの睡眠。昨日は朝まで会社で仕事をしていたから、寝不足なんだ。 カンツォーネを聞きながらディナー午後7時に目覚ましに起こされた。慌ててシャワーを浴び、身支度をすませて、ロビーに集合は8時。今夜はカンツォーネを聞きながらのディナーなんだ。大きな店なんだけど、店内は各国のツアー客で満席になっていたよ。(だから、下の画像にも観客の頭がたくさん写っている・・・。)
料理はまずまずというところ。しかし、明るく陽気なショーは楽しませてくれた。言葉はちっともわからないのにねえ。
Copyright (c) 2001-2004 Tadaaki Kikuyama
All rights reserved このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。 |