07. サン・マルコ寺院 -2. (ヴェネツィア)ラグーナに浮かぶヴェネツィアは、「森の上に築かれた街」とも言われる。柔らかな浅瀬の地盤を固めるために多くの木の杭を打ち込み、その上に家々を建てたことを表現しているわけだ。しかし、それでも地盤沈下は進む。その結果、前のページで書いたように、サン・マルコ寺院の床は波打っているわけだ。その様子をここでご紹介したいのだけど、残念ながら画像が無い。寺院の中ではカメラの使用が禁止されていたからね。仕方ない。 |
ビザンティンゆかりの四頭の馬
ところで、サン・マルコ寺院の前に立って見上げたのが右の画像なんだけど、上のテラスから馬が見下ろしているのが見えるかな。二頭しか写っていないけど、実際には四頭の馬が見下ろしているんだ。この四頭の馬の像、かつてはビザンティン帝国の首都コンスタンティノープルにあった。ところが、コンスタンティノープルを第四回十字軍が攻略した時に、ここに運ばれてきたんだそうな。
そんな歴史を持つビザンティン四頭の馬を間近に見たい人は、サン・マルコ寺院の入口の上にあるテラスへどうぞ。そこから撮影した馬の像が下の画像なんだ。
ビザンティン様式の丸屋根 (サン・マルコ寺院)上の画像にある四頭の馬を含めて、このサン・マルコ寺院にはビザンティンにゆかりのものが多い。例えば、下の画像にあるサン・マルコ寺院の円屋根もビザンティン様式なんだそうな。(もっとも、サン・マルコ寺院は後にゴシック様式に改装されているらしいけどね。)
ヴェネツィアの朝陽を眺めたホテルのテラスから撮影したもの。画像の左端に写っている壁は、ドゥカーレ宮殿(ドージェ宮殿あるいはヴェネツィア総督宮殿)の裏側の壁なんだ。 ヴェネツィアとビザンティン帝国 ヴェネツィアにとっては、ビザンティン帝国は特別な存在だった。文化的に大きな影響を受け、政治的・軍事的にも密接な関係を持ち、しかも経済的にも無くてはならない存在がビザンティン帝国だった。 「地中海」の著者として有名なフランスの歴史学者フェルナン・ブローデルは、「ヴェネツィアはビザンティン帝国を養分として育った」と表現したんだそうな。
Copyright (c) 2001-2004 Tadaaki Kikuyama
All rights reserved このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。 |