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晩秋のヴェネツィア (イタリア)
(1996年11月)
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05. ドゥカーレ宮殿
洪水のドゥカーレ宮殿 (ドージェ宮殿あるいはヴェネツィア総督宮殿)
サン・マルコ広場と同様に、広場の一角に面して立つドゥカーレ宮殿(ドージェ宮殿あるいはヴェネツィア総督宮殿)の前も洪水になっている。地元の人々も観光客も、仲良く並んでドゥカーレ宮殿の前の渡り板の上を歩くしかないね。
次第に水位も高くなり、他方で観光客も増えている。その結果、ますます身動きが取れなくなってきた !!
ドゥカーレ宮殿 (ドージェ宮殿あるいはヴェネツィア総督宮殿)
ところで、この宮殿なんだけど、14世紀の半ばに着工され、15世紀に完成した建物なんだそうな。淡いピンクと白の大理石を使った装飾が美しいよね。下にあるドゥカーレ宮殿の画像(大運河に浮かぶゴンドラから撮影したもの)では、鐘楼も顔を見せてくれている。
かつての地中海の覇者ヴェネツィアは、ほんの40ほどの貴族の家系の出身者によって支配されていたらしい。このドゥカーレ宮殿は、そんなヴェネツィアの貴族たちの力の中心だったんだね。
ナポレオンと落日のヴェネツィア
ところが、アルプスの向こう側では、フランス革命の混乱の中から頭角を表したナポレオンが、イタリア遠征での成功を糧に権威を確立しつつあったんだ。
そのナポレオンは、長く独立を保っていたヴェネツィアを恫喝した。それを受け、ヴェネツィア貴族537名が、ドゥカーレ宮殿の大評議会に集まった。ナポレオンの恫喝に屈すべきかどうか。あくまでも独立を主張した者は20名。棄権が 5名。ナポレオンの要求をのむことに賛意を表した者は 512名だった。
その結果、かつて海洋帝国を築いて地中海に覇を唱えたヴェネツィアは、ナポレオンのフランスに屈し、孤高を失ったわけだ。
絵葉書に見るドゥカーレ宮殿
というところで、ドぅーカーレ宮殿のページを終わるつもりだったんだけど、もう少し書きたいな。というわけで、「絵葉書に見るドゥカーレ宮殿」というページを作りました。興味のある人は寄り道してくださいね。
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ヨーロッパ三昧とヨーロッパの歴史風景
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