イタリア北部周遊

ミラノ、フィレンツェ、ピサ、チンクエ・テッレ、ジェノヴァ
(1996年09月)

32. ヴェルナッツァ - 1 (チンクエ・テッレ)

ヴェルナッツァの砦に登る狭い階段(チンクエ・テッレ、イタリア) チンクエ・テッレの北から 2 番目の村、ヴェルナッツァにやってきた。カステッロ(城 ?)という案内板につられて、海辺の村の狭い階段(右の画像)を登る。上にはどんな城が待っているのか、わからないんだけどね。

階段の両脇の建物には、色とりどりの洗濯物が干されている。なんだか四国の田舎の小さな漁村を思い出すねえ。

海辺の小さな砦
カステッロ・ドーリア

海辺の村の細い階段を登りきったところには、城というよりも小さな砦(下の画像)があった。生意気にも入口には切符売り場がある。そこで一人2,000リラ ( 150 円)を払い、入場券を受け取る。その入場券には、砦の名前らしきものが印刷されていた。「カステッロ・ドーリア」という砦みたいだ。

チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア) チンクエ・テッレの村ヴェルナッツァにあるドーリア一族の砦(イタリア)

海の豪族ドーリア家

砦の名前に付けられている「ドーリア」といえば、ジェノヴァ界隈を拠点としていた一族だね。中世から近世にかけて、海の傭兵隊長を輩出している。この小さな砦は、そのドーリア一族の持ち城の一つだったのだろうか。

そのドーリア一族を代表する歴史上の人物が、アンドレア・ドーリアかな。16世紀の地中海を代表する英雄でもある。

アンドレア・ドーリア

  • 1466年0(あるいは1468年?)、アンドレア・ドーリアが生まれた。

  • 1513年、アンドレア・ドーリアがジェノヴァ艦隊の司令官となった。

  • 1519年、アンドレア・ドーリアがピアノサの海戦でトルコ艦隊に敗れる。

  • 1528年、フランス王フランソワ1世と手を切り、そのライバルであるハプスブルク家の神聖ローマ皇帝カール5世と結んだ。同年、ジェノヴァに独裁的な支配を打ち立てた。

  • 1535年、ハプスブルク家の皇帝カール5世によるチュニス攻略に、アンドレア・ドーリアが参加した。

  • 1559年、コルシカ島を征服。(この島で後のフランス皇帝ナポレオンが生まれた。)

  • 1560年、アンドレア・ドーリア死去。



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