17. メディチ・リカルディ宮殿など
サン・マルコ美術館(修道院)でフラ・アンジェリコなどの宗教画を見て、更にフィレンツェ市内を歩き回る。少しづつ青空が広がってきたのがうれしいよね。やっぱりイタリアには青空がよく似合うからね。 |
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メディチ・リカルディ宮殿
続いて訪れたのが、メディチ・リカルディ宮殿。15世紀半ばに、フィレンツェの国父と呼ばれたコジモ・デ・メディチが建てさせた宮殿。国父コジモは、当初はブルネレスキに宮殿の設計を注文した。でも、提出された設計案があまりに大胆だったものだから採用できなかったんだそうな。その結果、この宮殿はミケロッツォの案に従って建築されたらしい。 完成した宮殿には、16世紀半ばまでメディチ家の人々が住んでいた。その後、この宮殿はリカルディ家の所有となり、今ではメディチ・リカルディ宮殿と呼ばれている。 ゴッツォーリによる「東方三博士の礼拝」そんなメディチ・リカルディ宮殿の2階には、メディチ家の礼拝堂も残されている。そこで見ることが出来るのが、ゴッツォーリの手によるフレスコ画「東方三博士の礼拝」(下の画像 ・・・ 絵葉書から)なんだ。
残念ながら、その元メディチ家の礼拝堂の中はカメラの使用が禁止されている。というわけで、上の画像は絵葉書からの取り込みなんだけどね。 ちなみに、上の画像にあるフレスコ画が描かれたのは西暦1459年のことと考えられているんだけど、描かれている人物は当時のメディチ家の人々をモデルにしていると言われているんだよ。例えば、画像中央下部やや右に描かれている白馬の少年は、後の豪華王ロレンツォ・デ・メディチをモデルにしたみたい。
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