1996年09月24日 13. サン・ロレンツォ教会 (フィレンツェ)今朝ものんびりと起き、フィレンツェ市内のホテルを出発したのは10時だった。雨は降っていないけど、天気はもう一つぱっとしないなあ。ブルネレスキの設計によるサン・ロレンツォ教会
今日のフィレンツェ観光の幕開けは、フィレンツェ市内にあるサン・ロレンツォ教会(右の画像)。15世紀前半にブルネレスキの設計によって建てられた教会なんだ。ブルネレスキといえば、もう何度か書いたかな。フィレンツェのドゥオモの前にあるサン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の制作コンクールでギベルティに敗れ、建築家に転向してフィレンツェのドゥオモ(花の聖母マリア大聖堂)のクーポラを設計し完成させた芸術家だよね。 |
歴史あるサン・ロレンツォ教会このサン・ロレンツォ教会は、ルネサンスと縁が深いだけじゃなくて、歴史のある教会でもあるんだ。最初に聖アンブロシウスによってサン・ロレンツォ教会が聖別されたのは西暦393年のことだと言われている。それがフィレンツェの最初の教会だとも考えられている。その後、西暦1060年にサン・ロレンツォ教会が再建されている。更に西暦1423年、現在のサン・ロレンツォ教会をブルネレスキが設計したというわけだ。(下の画像は、絵葉書に見るサン・ロレンツォ教会の様子。)
メディチ家の教会このサン・ロレンツォ教会は、メディチ家の教会でもある。例えば、フィレンツェの国父とも称されたコシモ・デ・メディチも、このサン・ロレンツォ教会に埋葬されている。メディチ家の礼拝堂 あるいは 君主の礼拝堂
そのサン・ロレンツォ教会に付属して、「メディチ家の礼拝堂」あるいは「君主の礼拝堂」と呼ばれる場所がある。(教会に付属しているんだけど、入口は教会とは別にあるから注意が必要。)その「メディチ家の礼拝堂」「君主の礼拝堂」には、初代トスカナ大公となったコシモ1世とその子孫の大公たちの墓碑(右の画像は、その一つ)が残されている。西暦1737年に亡くなったジャン・ガストーネが、メディチ家最後のトスカナ大公となったんだけどね。 メディチ家の礼拝堂の八角形のクーポラサン・ロレンツォ教会付属のメディチ家の礼拝堂に入ったら、是非とも天井を見上げて欲しいんだ。そこで目に入るのは、下の画像にある八角形のクーポラ。
このメディチ家の礼拝堂の八角形のクーポラを飾っているのは、ピエトロ・ベンヴェヌートのフレスコ画なんだそうな。
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